B型肝炎ウイルスの遺伝子型とは?

 B型肝炎ウイルスは約3,200個の塩基(DNAの構成単位)からできていて、動物に感染するDNAウイルスとしては、一番小さいものです。DNAの上にはウイルスの増殖と合成に必要なタンパクを作るために必要な情報がすべて記されています。B型肝炎ウイルスに、いろいろな種類があることが分かってきて、それらは遺伝子型(ゲノタイプ)と呼ばれています。基準として、3,200個の塩基の中で8%に相当する約250個以上が互いに違っていることで、遺伝子型が区別されています。遺伝子型はアルファベットの大文字で、発見された順番に名前がつけられています。現在AからGまで、7種類の遺伝子型が知られていますが、世界にはB型肝炎ウイルスの遺伝子型が調べられていない国々もまだ沢山ありますから、将来もっと増えるかもしれません。最近、8番目の遺伝子型として、F型と近縁関係にあるH型遺伝子が提唱されています。

 遺伝子型が違うB型肝炎ウイルスがもつ塩基3,200個の配列を比較した結果から、まるで家系のような系統樹を画くことができます(図1)。系統樹から、7種の遺伝子型の近緑関係を知ることができます。アフリカに住む野生のチンパンジーの中にも、B型肝炎ウイルスに感染している個体があります。チンパンジー固有の遺伝子型は、系統樹の根幹からは分岐してはいません。ヒトB型肝炎ウイルスの遺伝子型の中に溶け込んでしまうのです。ですからヒトとチンパンジーが、同一のB型肝炎ウイルスに感染している可能性があります。ヒトB型肝炎ウイルスをチンパンジーに静脈注射すると感染が起こります。逆の、チンパンジーからヒトへの感染例はまだ証明されていませんが、機会があれば血液を介して感染するだろうと考えられています。後でお話ししますが、チンパンジーが野生するアフリカではE型遺伝子・ウイルス感染が蔓延しています。系統樹の上でチンパンジーの遺伝子型は、E型と近い関係にありますので、ヒトからチンパンジーへ、あるいはその逆の感染経路があるだろう、と考えられます。

 B型肝炎ウイルス遺伝子型の応用には、大きく分けて三通りあります。一つは世界の国々で遺伝子型の分布を調べることで、これを疫学といっています。疫学から、大昔の民族移動とか、共通の先祖を推定することができます。二つ目に、B型肝炎ウイルスが人から人へと感染したことが疑われた場合に、感染経路を知るのに役立ちます。具体的には、二人の間で遺伝子型が違っていれば、ほかの人から感染したことになります。同じであれば二人の間での感染が疑われますが、遺伝子型が同じである第三者からの感染の可能性も残ります。第三の応用として、B型肝炎ウイルスの遺伝子型の違いによって、感染した患者に発症する肝臓病の進行速度が違いますので、将来どのような経過をたどるか、あるいはB型肝炎ウイルスに対する薬剤療法が効く可能性がどのくらいあるか、を予想するのに役立ちます。

 B型肝炎ウイルス遺伝子型の世界分布

 全世界で、全人口の6パーセントに相当する3億5千万人がB型肝炎ウイルスに持続感染し、その大部分がアジアとアフリカに住んでいます。でも、全感染者の中でB型肝炎ウイルスの遺伝子型が調べられた人は、僅かに数万人か多くても十万人程度です。ごく一部分でしか遺伝子型が調べられていませんし、対象も健康な献血者から重い肝臓病のある患者さんまで、まちまちです。しかもB型肝炎ウイルスの遺伝子型が全く調べられていない国々も、まだ沢山残っています。そのために、B型肝炎ウイルスの遺伝子型で世界を綺麗に色分けすることはまだ難しいのですが、それでも国によって遺伝子型分布のはっきりとした違いが見られます(図2)。

 すぐに気がつかれると思いますが、ある国で頻繁に見られる遺伝子型はたいてい2種類どまりです。日本と中国ではB型遺伝子とC型遺伝子が主で、同じアジアでもインドではヨーロッパと同じようにA型遺伝子とD型遺伝子が多く見られます。オーストラリアではC型遺伝子とD型遺伝子の、2種類です。一方、トルコとエジプトでは、D型遺伝子だけです。E型遺伝子の世界分布は極端に偏っていて、サハラ砂漠より南のアフリカにだけ発見されています。F型遺伝子も中南米に限局しています。G型遺伝子の分布はまだ不明です。

 アメリカは例外的に沢山の遺伝子型が見られます。頻度が少ない遺伝子型は、図では見えませんが、A型遺伝子からG型遺伝子まで、7種類すべてが見つかっています。ニューヨークに代表される大都会は人種のるつぼですので、移民の出身国に特徴的な数多くの遺伝子型が集まるのでしょう。広い国ですので地域差が激しく、南部の白人ではヨーロッパ由来と考えられるA型遺伝子の頻度が高くなっています。

 B型肝炎ウイルスの日本国内分布

 日本では主としてB型遺伝子とC型遺伝子が見られますが、地方によってその割合が大きく変わっています(図3)。特に、C型遺伝子の割合は九州で一番高く、そこから日本列島を北に進むにつれて次第に減少する傾向が見られます。周囲をみますと、お隣の韓国では、C型遺伝子が100パーセントです。日本でのB型遺伝子とC型遺伝子の分布から、先住民の一部がもともと感染していたのは殆どがB型遺伝子・ウイルスだったであろうと想像できます。大昔に、C型遺伝子・ウイルスに感染していた他の民族が多分韓国から渡来して、長い年月をかけて日本列島を北へ向かって移動したのでしょう。そのために北にいくにつれてC型遺伝子・ウイルスの割合がすこしづつ減少するのだろう、と考えることができます。

 沖縄では
B型遺伝子の割合が約4分の3もありますので、C型遺伝子・ウイルスは九州から南下することが少なかったのだろうと考えられます。北海道でのB型遺伝子とC型遺伝子の割合は、九州と東北の中間です。北海道では明治維新の頃、国策としての移民が盛んとなり、主に東北と九州から農業・酪農をする目的で移住しました。そのために両者の中間の割合となったのだろうと思われます。

 
B型遺伝子とC型遺伝子に比べるとずっと少ないのですが、日本でもA型遺伝子が少し見られます。日本には本来なかった遺伝子型ですので、外国人によって搬入されたB型肝炎ウイルスに感染した結果であろうと考えられます。A型遺伝子・ウイルスが九州に多いことも、それが南蛮渡来のものであることを彷彿させます。

 急性および慢性B型肝炎患者の遺伝子型

 最近、日本でB型急性肝炎が増加しています。大半の感染経路は、婚外の性交渉です。ですから、A型遺伝子・ウイルスが蔓延している外国からのセックス・ワーカーから感染した可能性が、かなりあるだろうと予想できます。東京の病院で受診した急性および慢性B型肝炎患者の遺伝子型分布は、大きく違っています(図4)。B型慢性肝炎では、C型遺伝子が圧倒的に多く、約90%を占めます。残りの大部分はB型遺伝子ですから、日本での分布と合っています。殆どの患者さんは、感染者である母親から出産した時にB型肝炎ウイルスが感染した結果、長年の間に肝炎を発症したのでしょう。厳密にいうと、慢性肝炎の患者さんでは日本人全体と比べてC型遺伝子の割合がB型遺伝子よりずっと多くなっています(図3と比べてください)。これはC型遺伝子・ウイルスの方がB型遺伝子・ウイルスより重い肝臓病を起こしやすく、従って病院を受診する患者さんでは頻度が高くなることが原因です。

 B型急性肝炎では遺伝子型の分布が大きく変わっています(図4)。まず、外国由来と考えられるA型遺伝子の割合が4分の1以上あって、とても多いことが分かります。B型遺伝子よりは多いですが、C型遺伝子よりは少なくなっています。

 B型肝炎ウイルス遺伝子型の測定方法

 専門的になりますが、遺伝子型を決める方法について、少しだけお話しします。遺伝子型の定義はB型肝炎ウイルスの全塩基(DNA)配列が全体で8%以上違うことです。ウイルスの全塩基配列を決めることは、とても大変ですから、ふつうは全体の10分の1くらいに相当する一部分の配列を調べるか、あるいは特定の場所でそれぞれの遺伝子型に特徴的な塩基の違いを数個だけ見分けることで、遺伝子型を調べていました。いずれにしてもまず血清から核酸を抽出し、それを手間のかかる方法で増幅する前処置が必要です。当然お金と時間がかかります。

 1999年に日本で、核酸を取り扱わないで遺伝子型を調べる方法が開発されました。それは、遺伝子型によってB型肝炎ウイルス表面抗原タンパクの一部(プレS部位)の配列が違い、それぞれの配列と特異的に結合する5種類のモノクローナル抗体を使って免疫学的に識別できる原理に基づいています(図5)。抗体で測定できる表面タンパクの部分的アミノ酸配列(抗原基といいます)の組み合わせが、それぞれの遺伝子型で違いますので、それにもとづいて遺伝子型を決定することができます。抗原基bはすべての遺伝子型で表面抗原のプレS部位にありますから、調べようとしているプレSタンパクが検査する血清に存在することの保証となります。これがなければ話は始まらないので、プレSタンパクが存在することがまず必要なのです。実際には残りの4種類の抗原基(m、k、sとu)の組み合わせからできる血清型で、間接的に遺伝子型を調べることができます。この方法では、D型遺伝子とE型遺伝子で抗原基の組み合わせが同一の“bksu”となりますので、両者を区別することができません。血清型がbksuの結果となったときにだけ、さらに別の抗原基を識別できるモノクローナル抗体で調べることによって、D型遺伝子とE型遺伝子を見分けることができます。

 以上お話したように、B型肝炎ウイルスの遺伝子型にはいろいろな意味と応用があります。しかし、世界中のB型肝炎ウイルスに感染している人の中で、ごく一部分(千分の1以下)でしか、まだ遺伝子型の調査ができていません。多くの国々で、できるだけ沢山の献血者と肝炎患者でB型肝炎ウイルスを検査して、その遺伝子型を決定する必要があります。そのために、核酸を取り扱わないですむ、抗体を使った免疫学的な遺伝子型決定の方法が、これから大いに役立つことが期待されます(図5)。