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医学の究極の目的は、疾患の発症を予防し、病気になってしまった場合にはそれを治療することです。ですから、ゲノタイプ測定の価値はその結果がHBV感染の予防に役立ち、B型慢性肝炎患者の抗ウイルス製剤に対する治療応答に影響するか、にあります。このような実践的応用がなければ、HBVゲノタイプを測定する真の価値がないからです。今回は、いま日本でHBVゲノタイプがどのようになっているのか、そしてゲノタイプによって、どのような抗ウイルス治療を選択したらよいか、に焦点を当ててお話ししたいと思います。 HBVゲノタイプの発祥と現状ならびに測定法
二つの違ったゲノタイプ間で部分的な塩基配列が入れ替わり、その結果雑種(ハイブリッド)の子孫が生まれて、組換え型(recombinant)HBVが発生します。しかしゲノタイプは、もともと純系に限られるので、組換え型は除外されます。2007年に発表された「ゲノタイプ I」はCと7%の配列差しかなく、その上A、CとGが合体した組換え型です。これを「新ゲノタイプ」と認めてしまうと、他にも同類が沢山ありますから、26文字あるアルファベット文字が早晩なくなってしまうことでしょう。最初に規定された「他のゲノタイプを有するHBV株との全塩基配列差が8%以上」の必要条件さえ守っていたら、こんなことにはならなかった筈ですのに。
面倒で高価な核酸増幅を必要とせず、血清学的に抗原・抗体反応を調べた結果からゲノタイプを測定できる画期的な方法が日本で開発されました。表面抗原の一部であるプレS2領域が担う五つの抗原基(b、m、k、s、u)の組み合わせから、ゲノタイプを測定することができるのです。この方法は簡便で一度に多数の検体を処理できるので、幅広い応用が期待されます。 ゲノタイプの分布には、國または地域によって際だった違いがあります。Aは欧米とアフリカ、BとCは東南・極東アジア、Eはアフリカ、そしてFは中南米で主に見られます。Dは例外的に世界中に広く分布しているので一番古いゲノタイプだろう、と考えられています。1988年に見つかったゲノタイプA、ゲノタイプB、ゲノタイプCとゲノタイプDの四種類は頻度が高く、四大ゲノタイプを構成しています。だからこそ、たった18株を見ただけで、これらが全て網羅されたのでしょう(表1)。 近年本邦で増加している急性ならびに慢性HBV感染症我が国のHBV感染予防対策は世界一優れている、と云っても過言ではないでしょう。有史以前から二十世紀末まで、HBV持続感染はHBe抗原(ウイルス増殖と肝炎重症度の目安となる抗原です)が陽性の妊婦から生まれる新生児への母児感染によって維持されてきました。1986年以来HBe抗原陽性の母親から生まれた新生児を対象として、HBs抗体とHBワクチンによる受動・能動免疫予防法が全国規模で施行され、その予防率は95%に及んでいます。 母児感染予防以前に出産した妊婦のHBV感染率を2%と見積もって、その4分の1がHBe抗原陽性として、新生児のHBVキャリア発症率を概算できます。年間に100万人の出産があるとして、HBe抗原陽性の母親は0.5%に相当する5千人います。予防を逃れる新生児の感染はその5%ですから、250人となります。従って感染率は新生児100万人中250人、即ち0.025%となり北欧並みに低くなります。予防後の次世代では、やはり年間100万人の出産があったとして、キャリア妊婦は250人います。その1/4の5%(即ち1.25%)から生まれる、僅か約3人が母児感染によってHBVに持続感染するだけです。「日本でのHBV感染は、もう終わった」と思い込んでいたとしても、無理からぬことです。
この軽微な動向を見逃してはなりません。順調に減少し続けていた日本の慢性HBV感染患者が、最近になって増えているのです。一方、急性HBV感染患者は、このところ増加を続けているので、急性HBV感染が慢性化していることが原因なのでしょう。米国では疫学が独立した学部となり、靴底を擦り減らす現場調査が広く深く行われていますが、何故か日本では疫学的調査が実を結ばないようです。誰もがネットで閲覧できる「全数把握(日本中での意味に取れます)」と銘打った1999年の年間HBV感染者数は510例あり、2005年には209例へと60%以上も減少しています。この間HIV感染者数は逆に215例から359例へと、60%以上も増加しているのです。特定の感染経路と危険集団を共有するHBVとHIVの感染動向が、逆行する訳がありません。従って、日本での新規HBV感染は減少傾向になく、増加する傾向にあると考えて間違いないでしょう。素早く対応することが必要です。 外来性ゲノタイプAによる急性HBV感染の増加とその顛末日本に土着する生来のゲノタイプはBとCで、それ以外はすべて近年に渡来した外国産です。外来性ゲノタイプの代表はAですが、これには際だった特徴があります。一般に成人になってからHBVに感染すると、出産時と幼児期の感染と違って、その後HBV感染が持続することは少なく、僅か数パーセントに過ぎません。しかしゲノタイプAに限っては成人の急性HBV感染後に感染が持続する可能性が高く、10%から20%にも及びます。ゲノタイプAの急性HBV感染者の殆どが30代を中心とした男性で、しかも過半数が婚外の異性・同性間性交渉の経験を告白しています。 急性と慢性HBV感染患者では、ゲノタイプの分布が著しく違っています(図3)。ゲノタイプAの比率が、急性感染患者で慢性感染患者より遙かに高いのです(28.6%対3.0%、P [危険率] < 0.001で有意差あり)。B型急性肝炎患者のゲノタイプ分布は、大都会とそれ以外の地域で大きく違います(図4)。大都会の分布とくらべて、それ以外の地域ではゲノタイプAの比率がずっと低いのです。
B型肝炎治療のガイドライン
ガイドラインの付則事項として「B型肝炎は、ゲノタイプによる治療効果が異なるため、ゲノタイプを測定して治療法を決定することが望ましく、特にゲノタイプAとゲノタイプBは、35歳以上でもIFNの効果が高率であることから、第一選択はIFNが望ましい」と明記されています。 ゲノタイプA —「忍び寄る外敵」の象徴HBVに感染しても、黄疸などの症状が少なければ病院を受診しない人が多いでしょう。しかし恐ろしいことに、感染の自然治癒率は症状が少ないほど低いのです。従って水面下でのゲノタイプA持続感染は、目に見えるよりはずっと多いことが察せられます。これは、急性HBV感染の70%を占める、ゲノタイプBとゲノタイプCによるHBV持続感染でも同じことです。 慢性肝炎の発症を防ぐために、急性HBV感染の動態と実数を素早く把握する必要があります。身に覚えがある人は、特にHIV感染を気にしています。実現が可能かどうか分かりませんが、HBV感染の早期発見のために、HIV検査を希望する人に併せてHBs抗原を検査するのも一法と思われます。ゲノタイプ検査は急性HBV感染の予後判定に役立つばかりか、IFNと核酸同族体の治療応答を予知する手がかりにもなりますので、医療現場での早急な普及が望まれます。 参考文献 Kobayashi M, Ikeda K, Arase Y, Suzuki F, Akuta N, Hosaka T, Sezaki H, Yatsuji H, Suzuki Y, Watahiki S, Mineta R, Iwasaki S, Miyakawa Y, Kumada H: Change of hepatitis B virus genotypes in acute and chronic infections in Japan. J Med Virol 2008;80:1880-1884. Kobayashi M, Suzuki F, Akuta N, Suzuki Y, Arase Y, Ikeda K, Hosaka T, Sezaki H, Iwasaki S, Sato J, Watahiki S, Miyakawa Y, Kumada H: Response to long-term lamivudine treatment in patients infected with hepatitis B virus genotypes A, B, and C. J Med Virol 2006;78:1276-1283. Suzuki Y, Kobayashi M, Ikeda K, Suzuki F, Arase Y, Akuta N, Hosaka T, Saitoh S, Someya T, Matsuda M, Sato J, Watabiki S, Miyakawa Y, Kumada H: Persistence of acute infection with hepatitis B virus genotype A and treatment in Japan. J Med Virol 2005;76:33-39. Yotsuyanagi H, Okuse C, Yasuda K, Orito E, Nishiguchi S, Toyoda J, Tomita E, Hino K, Okita K, Murashima S, Sata M, Hoshino H, Miyakawa Y, Iino S: Distinct geographic distributions of hepatitis B virus genotypes in patients with acute infection in Japan. J Med Virol 2005;77:39-46. Flink HJ, van Zonneveld M, Hansen BE, de Man RA, Schalm SW, Janssen HL: Treatment with Peg-interferon alpha-2b for HBeAg-positive chronic hepatitis B: HBsAg loss is associated with HBV genotype. Am J Gastroenterol 2006;101:297-303. Bonino F, Marcellin P, Lau GK, Hadziyannis S, Jin R, Piratvisuth T, Germanidis G, Yurdaydin C, Diago M, Gurel S, Lai MY, Brunetto MR, Farci P, Popescu M, McCloud P: Predicting response to peginterferon alpha-2a, lamivudine and the two combined for HBeAg-negative chronic hepatitis B. Gut 2007;56:699-705. Chien RN, Yeh CT, Tsai SL, Chu CM, Liaw YF: Determinants for sustained HBeAg response to lamivudine therapy. Hepatology 2003;38:1267-1273. |
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