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A型肝炎ウイルス感染が健康に及ぼす絶大な影響
HAV:肝炎ウイルスの優等生HAV感染の歴史は、少なくとも5世紀にまでさかのぼることができます。17世紀になってヨーロッパで大流行し、1923年に感染性疾患であることが確認されました。感染経路の違いと臨床経過からHAVがB型肝炎ウイルス(HBV)と違うことが判明したのは、第二次世界大戦中(1939〜1945年)に米国兵士に発症した二種類の伝染性肝炎が異なる疾患であったこと、ならびに1950〜1960年代に行われた感染実験の結果に起因しています。1970年代前半にHAV研究は目覚ましい進歩を遂げました。1973年に 米国・国立衛生研究所で、Stephen Feinstoneは感染源を接種され急性肝炎を発症した篤志家の便を調べました。そして4名中2名の糞便抽出液の中に、回復期の血清で凝集する直径27ナノメートル(1ナノメートルは1ミリの百万分の一)のウイルス粒子を、免疫電子顕微鏡で発見したのです。HAVを精製できたので、これを使って患者の血清中にウイルス粒子と結合する免疫グロブリン(抗体)があるか、ないかを調べる事ができるようになりました。感染後まず出現し、やがて消失するIgM型HAV抗体があれば、A型急性肝炎と診断されます。遅れて出現し長期間持続するIgG型HAV抗体は、過去にHAV感染があった証で、患者の肝炎症状とは関係ないことが判明したのです。 大勢の研究者が培養細胞をHAVで感染させ、実験的に増殖させることを試みましたが、なかなか成功しませんでした。1975年になって米国のMerck研究所で、Philip Provostがマーモセットの培養肝細胞をHAVに感染させることに成功しました。この方法でHAVを増殖させ、多量のウイルス粒子を得ることができるようになりました。これを使って、各種HAV抗体を測定できるようになりました。更にHAVをフォルマリンで不活化して感染力を消失させ、それをマーモセットに注射すると、HAV抗体が産生されて感染を防御できることを証明し、ワクチン製造への道を確立したのです。 Feinstoneのウイルス発見とProvostの不活化ワクチン開発の時点で、HAV感染の診断と予防が達成されました。HAV感染が慢性化しないことも手伝って研究費が枯渇したため、1970年代の後半には医学者の関心を失ってしまったのです。HAVは「肝炎ウイルスの優等生」と云えます。研究のテンポが速かっただけに、終結も即座に訪れました。「佳人薄命」とはよく云ったものです。 先進国におけるHAVの逆襲
A型急性肝炎の経過と年齢が肝炎の発症に及ぼす影響HAVに感染した後の経過は図4のようになります。感染してから二週間後にHAVが便中と血中に出現します。HAVは便あるいは血液から核酸を抽出し、ウイルス遺伝子(HAV RNA)をポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction [PCR])で増幅した後に検出します。便中のHAVは血中より遙かに多量で、しかも長期間持続します。抗体の種類によって出現時期と推移に違いがあり、これによって急性HAV感染を過去の一過性感染から区別できます。IgM型とIgA型のHAV抗体は早く出現して感染後6週には最高値に達し、その後速やかに減衰します。ですから急性HAV感染の指標になります。IgG型HAV抗体はやや遅れて出現し緩やかに上昇して、感染後10〜12週で最高値に達します。そして、IgG型HAV抗体は生涯に亘って持続するので、終生免疫が得られます。黄疸と食欲不振、発熱などの臨床症状は感染後4〜6週にわたって現れます。肝機能の指標となるALT(GPTとも云います)の上昇は、臨床症状が消失した後も数週間つづきます。
1995年に米国でMerck社製(VAQTA)とGlaxoSmithKline社製(Havrix)のHAVワクチンが同時に認可されました。最大のHAV貯蔵所は幼児なので、若年者を主な対象として米国とイスラエルでHAVワクチンが開始されました。しかし、その結果としてHAV抗体を持たない中間年齢層の人口が増加しました。そのためにHAV感染者の年齢層が若年から高年齢へと相対的に移行しました。これに伴って、症状が強い急性肝炎の頻度が次第に増加したのです。 A型肝炎ワクチンと免疫グロブリンによるHAV感染の予防HAV感染の予防法には二通りあります。一つはA型肝炎ワクチンです。接種を受けた人が自分でHAV抗体をつくりますから能動免疫とよばれ、抗体は長期間持続します。もう一つはA型肝炎免疫グロブリンで、過去にHAV感染しIgG型HAV抗体価が高いドナーの血漿から精製します。単に抗体を貰うだけなので、受動免疫と云われます。免疫グロブリンの血清中濃度は、注射してから20日ごとに半分になります。2ヶ月で8分の1、6ヶ月後には512分の1となる計算になります。A型肝炎ワクチンの開発直後に、米国で感染頻度が高い児童を対象として予防効果が検討されました(図6)。ワクチンを接種した519名とワクチンの代わりに偽薬(プラセボ)を注射した児童518名を140日(約5ヶ月)にわたって追跡し、それぞれの群で急性A型肝炎の発症頻度を調べたのです。学校が同じですので、全員に同じようなHAV感染リスクがあると想定できます。ワクチン接種児童と非接種児童のHAV感染頻度には約4倍の差がありました(1.3%対5.4%)。注目すべきことに、ワクチンを接種してもA型肝炎を発症した児童7名は、全員が接種後17日以内に発症し、20日以後の発症はありませんでした。そして、ワクチン接種後のA型肝炎の症状は、非接種児童の症状よりずっと軽かったのです。以上の結果から、ワクチンのHAV感染予防効果は接種後17日以後に発揮されること、そして感染後にワクチンを接種しても肝炎の症状を軽くする効果があることが分かります。
A型肝炎罹患の危険性と防御対策
2003年にフィラデルフィアの某レストランで勃発したHAV感染は、汚染された野菜(グリーン・オニオン)が原因でした。僅か数日間ですが、客の全員にサービスでサラダとして提供されたのです。摂食者の6.2%に相当する、601名が急性肝炎に罹患し124名が入院しました。4名が劇症肝炎となり1名だけ肝移植を受けて救命されました。1997年にミシガン州とメイン州の学童に集団発生したHAV感染はメキシコから輸入した冷凍イチゴが原因でした。罹患者が9歳から13歳までの若齢だったので症状が比較的かるく、幸いに死亡例はありませんでした。
1995年には全米で年間に31,582例のA型肝炎が報告されましたが、発症者はこの2〜3倍で、不顕性を含めた感染者は約10倍の30万人いた、と推計されています。1999年から開始され次第に対象が拡大した幼児のワクチン接種によってHAVの貯蔵所(感染源)が縮小し、その結果として成人の感染率も減少しました。2005年には年間のA型肝炎発症数が4,488例へと、7分の1以下にも減少したのです。平行して危険集団のワクチン接種も行われています。最大の危険集団は海外旅行者で、HAV感染率の高い国々(図2をご覧下さい)に滞在すると、高頻度(200人中1人 [0.5%]) で感染します。高級ホテルに滞在してもHAV感染の危険性があり、感染者の半数が小児です。出発の4週以前に2回のワクチン接種が必要とされ、間に合わなければ免疫グロブリンを併用します。託児所(特におむつ着用児)の職員と医療従事者もHAV感染の危険が高く、ワクチン接種が勧められます。同性愛者と違法静脈性薬剤使用者にも、HAV感染の危険があります。慢性肝炎患者がHAVに感染すると、特にC型肝炎患者では重症化しやすいことが知られています。しかし、肝炎患者のワクチン接種率は、まだ低いようです。 今後のHAV感染予防対策振り返って、日本でHAV感染規模の把握と予防対策はどうなっているか、気になってきます。海外旅行者にワクチン接種が勧められていますが、ネパールに渡航した日本人旅行者のA型肝炎ワクチン接種率は僅かに5%で、ヨーロッパ人とオーストラリア人の95%と比べて、あまりにもお粗末な実施状況でした。その上、日本では規則によって16歳以上がA型肝炎ワクチン接種の対象になっています。ワクチンの使用適応のためのようです。幼児が感染しやすく、潜伏期間が15日から時として50日もあるので、海外からHAVを持ち込む可能性はないでしょうか? 幼児集団ワクチンの気配も未だありません。最近は幸いにして感染勃発の報告がありませんが、将来もそれが続く保証はありません。 危険集団のワクチン接種と平行して、本邦HAV感染の実態把握も先決です。2005年A型急性肝炎の報告数が米国の4,488例と比べて日本は170例(2006年でも320例)ですから約5%に過ぎず、あまりにも少ないことが気になります。これを根拠に安心していては、危ないかもしれません。米国では、報告例以外に発症例がその2〜3倍あると予測され、更に背後に報告しようがない不顕性感染例が10倍ある、と推測されています。それに準じますと、日本のA型急性肝炎発症例もずっと多くなり、米国の水準に近づきます。そして、その背後に年間1万人レベルの不顕性感染例が潜んでいることになります。
参考文献 Feinstone SM, Kapikian AZ, Purceli RH: Hepatitis A: detection by immune electron microscopy of a viruslike antigen associated with acute illness. Science 1973;182:1026-1028. Provost PJ, Hilleman MR: Propagation of human hepatitis A virus in cell culture in vitro. Proc Soc Exp Biol Med 1979;160:213-221. Werzberger A, Mensch B, Kuter B, Brown L, Lewis J, Sitrin R, Miller W, Shouval D, Wiens B, Calandra G, et al.: A controlled trial of a formalin-inactivated hepatitis A vaccine in healthy children. N Engl J Med 1992;327:453-457. Shouval D, Ashur Y, Adler R, Lewis JA, Miller W, Kuter B, Brown L, Nalin DR: Safety, tolerability, and immunogenicity of an inactivated hepatitis A vaccine: effects of single and booster injections, and comparison to administration of immune globulin. J Hepatol 1993;18:S32-37. Halliday ML, Kang LY, Zhou TK, Hu MD, Pan QC, Fu TY, Huang YS, Hu SL: An epidemic of hepatitis A attributable to the ingestion of raw clams in Shanghai, China. J Infect Dis 1991;164:852-859. Wheeler C, Vogt TM, Armstrong GL, Vaughan G, Weltman A, Nainan OV, Dato V, Xia G, Waller K, Amon J, Lee TM, Highbaugh-Battle A, Hembree C, Evenson S, Ruta MA, Williams IT, Fiore AE, Bell BP: An outbreak of hepatitis A associated with green onions. N Engl J Med 2005;353:890-897. Hutin YJ, Pool V, Cramer EH, Nainan OV, Weth J, Williams IT, Goldstein ST, Gensheimer KF, Bell BP, Shapiro CN, Alter MJ, Margolis HS: A multistate, foodborne outbreak of hepatitis A. National Hepatitis A Investigation Team. N Engl J Med 1999;340:595-602. Hepatitis A vaccination coverage among children aged 24-35 months _ United States, 2004-2005. MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2007;56:678-681. Update: Prevention of hepatitis A after exposure to hepatitis A virus and in international travelers. Updated recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP). MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2007;56:1080-1084. Basnyat B, Pokhrel G, Cohen Y: The Japanese need travel vaccinations. J Travel Med 2000;7:37. |
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