B型肝炎ウイルスまたはC型肝炎ウイルスに感染してから、感染が6ヶ月以上続くと、それ以後もずっと感染が続く可能性が高いので、6ヶ月以上続く感染を「持続感染」と定義しています。血液によって伝搬するB型肝炎ウイルスおよびC型肝炎ウイルスに長期間持続感染すると、一部の人々で慢性の肝臓病がおきます。糞口感染するA型肝炎ウイルスE型肝炎ウイルスは、持続感染しないので、慢性肝疾患を起こすことはありません。

 B型肝炎ウイルスあるいはC型肝炎ウイルスによる長期持続感染の一番恐ろしい結末は肝細胞癌で、年間3万人以上の日本人が肝細胞癌のために死亡しています。肝細胞癌の原因として、過去30年間にC型肝炎ウイルスの割合が増え続けて、75%にもなりました(第七話をご覧下さい)。一方B型肝炎ウイルスの占める割合は15%位で、あまり変わっていません。ですから、今回はC型肝炎ウイルスに持続感染している方々に将来なにが起こる可能性があり、それを防ぐためには何をするべきか、現在何が行われつつあるのか、をお話ししたいと思います。

 長期C型肝炎ウイルス持続感染の結果として起こる肝細胞癌

 C型肝炎ウイルスHCV)に感染したあと、いろいろな経過があります(図1)。大きく分けて、一過性の感染と6ヶ月以上続き、その後も継続する可能性の高い持続性感染があります。C型肝炎ウイルスは、持続感染する確率が高く、70%もの人々でそれが起こります。C型肝炎ウイルスの一過性感染では、劇症肝炎で死亡することはごくまれで、全てが治癒します。

 C型肝炎ウイルス感染が持続しても、殆どの人々は症状がなく、またトランスアミナーゼ(GOTとGPT [ALT])に代表される肝機能も正常値です。この状態を「無症候性キャリア」と云っています。感染後、年月がたつにつれて無症候性キャリアである人々の一部に慢性肝炎が起こり、さらに肝硬変を経て肝細胞癌が発症することがあります。肝臓病の進展にどのくらい時間がかかるのか、またどのくらいの割合で進行するのか(自然史 [Natural History] といわれています)、まだよくわかっていませんし、性別と感染経路および感染時の年齢によって大きく変わります。

 感染した時期のはっきりしている、輸血後に起こったC型肝炎ウイルス持続感染の患者さんでは、勿論全員がそうなるわけではありませんが、慢性肝炎となるまでに10年、それから肝硬変が発症するまでに10年、そして肝細胞癌が発生するまでにさらに10年かかるといわれています(図1)。ですから、感染後に肝細胞癌が発症するまでには、30年もの長い月日がかかることになります。
 

 自覚症状がなくC型肝炎ウイルスに感染している人々の肝臓

 C型肝炎ウイルス持続感染の恐ろしいところは、感染してから肝臓病が発生するまでに時間がかかり、かなり進行するまで、あるいは進行しても、全く自覚症状がないことです。病気のためでなくC型肝炎ウイルスの検査を受ける状況として献血があります。献血・血液ではB型肝炎ウイルスC型肝炎ウイルスおよびHIVなどの輸血で感染するウイルスと梅毒の検査をすることになっているからです。献血の時に偶然C型肝炎ウイルスに感染していることがわかった人々の肝臓の状態には、驚くべきものがあります(図2)。無症候性キャリアで肝機能が全く正常な人は約4割にすぎません。一方で既に慢性肝炎となっている人が6割近くもあり、肝硬変にまですすみさらに肝細胞癌を発症している人もごく僅かながらいるのです。勿論、本人は病気だとは思っていなかったのに、です。
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 自分では気がつかないでC型肝炎ウイルスに持続感染している日本人は
 全部で何人位いるのでしょうか?

 自覚症状が全くなく、C型肝炎ウイルスに持続感染している人々がいるのであれば、そういう人たちを早く見つけだして必要があれば治療し、肝細胞癌の発症をくい止める必要があります。この目的に沿った国家的対策を講じるためには、まず日本人でC型肝炎ウイルスに持続感染している方々が何人位いるかを予測しなければなりません。また、そのような人々を漏れなく、効率よく発見するためには、どのような手段で検査をすれば良いかを工夫する必要があります。

 健康人(正確には“自分では健康だと思っている人”ですが)のC型肝炎ウイルス持続感染者数を調べるには、あらゆる年齢層で男女の一部を検査して感染率を測定し、それぞれに該当する部分の人口と掛け合わせて感染者の総数を集計する必要があります。しかし健康人の感染率を知ることは不可能ですから、現実的には献血者でのC型肝炎ウイルス持続感染率をもって、これに代えるほかありません。一度献血をすると、肝炎ウイルス感染を調べ、もし感染していると次からは献血ができないことになります。ですから、繰り返し献血する人の中には肝炎ウイルス感染がないのです。前回献血してから今回献血するまでに、新しく肝炎ウイルスに感染した場合は別ですが、これはごく希です。

 従って、まだ一度も献血したことのない、初回献血者だけを対象として検査する必要があります。年齢別の初回献血者でのC型肝炎ウイルスに対する抗体(HCV抗体)の頻度は図3のような分布となります。献血者には16歳から64歳までの年齢制限がありますので、日本人全体を完全には把握できませんが、傾向はわかります。またHCV抗体陽性者の中には、一過性感染後で既に体の中にC型肝炎ウイルスがいない人が約30%いますので、残り70%だけが持続性感染者であると考えられます。20歳以前の若い人の間では感染率がとても低く、以後30代なかばまで緩やかに上昇し、50歳以上からは急激に高くなることがわかります。

 初回献血者にみられる、40歳以上でのC型肝炎ウイルス持続感染率増加のパターン(図3)は、日本人男性の年齢別・肝細胞癌死亡数に反映されています(図4左)。女性での死亡数は男性よりずっと少なく(約4分の1です)、また年齢のピークが男性より5歳くらい年長であるところが違っています。一方、日本人の男女別・年齢別の人口分布をみますと、肝細胞癌死亡のピークより10歳くらい若いところにピークがあります(図4右)。戦後のベビーブームに誕生した、いわゆる「団塊の世代」が含まれていて、今まさに働き盛りです。将来、この部分の年齢層にある、特に男性のC型肝炎ウイルス持続感染率者を素早く効率的に見いだして、肝細胞癌にならないように手を打たなければなりません。

 肝細胞癌死亡の年齢別パターンと照らし合わせて、40歳から70歳までの日本人を対象にしてC型肝炎ウイルスに持続感染している人を発見し管理すれば、一番効率的に肝細胞癌を少なくすることができる筈です。初回献血時の男女別・年齢別のHCV抗体陽性率とそれに該当する日本人の人口から、この年齢層にはC型肝炎ウイルス持続感染者が約80万人も集中していると試算されています。B型肝炎ウイルス感染者もやはりこの年齢層に70万人位います。

 節目検診でのC型肝炎ウイルス持続感染の診断

 現在日本では、会社に勤めている人々は職場で定期検診をうけることが多いので、そこで検査をうけ、C型肝炎ウイルスに持続感染しているか否かを調べることができます。それ以外の人々にも、年齢が40歳に達すると保健所と村役場から「節目検診」のお知らせがきます。それ以後5年ごとに「節目検診」を受ける資格がありますので、この機会を捉えてC型肝炎ウイルス持続感染の検査をすることが最も効果的です。

 国家的規模で、2002年4月から「節目検診」でのC型肝炎ウイルス持続感染の検査が始まりました(図5)。これを2006年の4月まで5年間続けますと、その時点で40歳から70歳までの節目検診・対象者の全てがC型肝炎ウイルス持続感染の検査を受けてしまう筈です。それ以後は、新たに節目検診の対象となる、その年に40歳になった人だけを検査すればよいことになり、対象はそれ以前の5年間と比べて7分の1になります。日本ではC型肝炎ウイルスの新規感染が殆どないので、検査は一生に一度だけで十分です。

 「節目検診」以外にも、感染の機会が高い可能性があれば、C型肝炎ウイルス持続感染の検査を受けることができます。その中には、過去に大きな手術を受けたか分娩時の大出血のために輸血あるいは血液製剤の注射をうけたことがある女性、および肝機能異常が発見された人々が含まれます。

 効率的で経済的なC型肝炎ウイルス持続感染の検査

 血清のHCV抗体を調べて結果が陽性である人の中には、現在持続感染している人と過去に一過性の感染があったがもう治癒している人の両方が含まれ、HCV抗体が陰性であればC型肝炎ウイルスの持続感染はないことがわかります。従ってHCV抗体陽性である場合には、C型肝炎ウイルス持続感染があるか、ないかを調べる必要が生じます。HCVの遺伝子である核酸(RNA)を核酸増幅試験(NAT)で測定して、全てのHCV抗体が陽性である人々の血清を調べればよいわけですが、それにはずいぶん費用がかかります。

 そのために、合理的で経済的にC型肝炎ウイルス持続感染を見つけだす、三段階からなる検査法が工夫されています(図6)。まず、HCV抗体を測定して、その結果を三つに区分します。HCV抗体陰性であれば、持続感染はないといえます。HCV抗体陽性である場合に、抗体の力値(血清1ミリリットル当たりに含まれる抗体の量)が一定の値以上に高ければ、C型肝炎ウイルス持続感染があることが経験からわかっていますので、それを診断できます。HCV抗体が陽性でも、ある値以下である場合には、引き続き第二段階の検査が必要となり、これは免疫学的にC型肝炎ウイルスの核(コア)を測定することで行います。結果が陽性であれば、C型肝炎ウイルスがいるわけですから持続感染があります。陰性である場合には第三段階に進み、HCVのRNAをNAT検査で増幅して検出します。NAT検査が陰性であれば持続感染はありませんが、陽性の場合には最終的に持続感染と診断します。
 

 C型肝炎ウイルス持続感染と診断された方々への対応

 C型肝炎ウイルスに持続感染していると診断された人は、「HCVC型肝炎の知識」という小冊子を入手しますが、これには図解入りで持続感染者に必要な知識がわかりやすく書かれています。そして、もう一冊「健康管理手帳」も入手します。これは、何よりもまずお医者さんに一度詳しく調べて貰って、肝臓に病気があるか無症候性キャリアであるのか、あるいは既に病気が進んでいて治療の必要があるかを診断してもらい、その結果を記入するためのものです。もし必要であれば専門医を紹介されますので、そのときにも役立つ情報となります。この手帳にはC型肝炎ウイルス持続感染を発見された人がお医者さんに受診したことを証明するための「はがき」が添付されていて、所轄官庁が受診率の実態を把握できるようになっています。

 C型肝炎ウイルス持続感染があるかないかを「節目検診」あるいはリスクが高ければ別個に診断して貰って、もし持続感染が発見されればそれ以後は指示どおりにお医者さんのところに行くことをお勧めします。これは持続感染者が将来なるかもしれない肝細胞癌を予防するために是非必要であり、また得策です。

 これほど懇切丁寧で用意周到な国家的政策は、他の国には類をみないものです。これはひとえに、現在世界中でC型肝炎ウイルス持続感染による肝細胞癌の発生頻度が日本で最も高く、持続感染を早期に発見し、必要に応じ治療して肝細胞癌を予防する切実な必要性があるからです。そのために沢山の疫学・公衆衛生学専門家と肝臓学会を主とした臨床の先生方ならびに厚生労働省で管轄のお役人と保健所の方々、そして輸血業務に携わる日本赤十字社の職員が英知を集積し、知恵を絞ってこのシステムを作り上げたのです。これを利用しない手はないでしょうし、この方針がうまくいけば、やがてC型肝炎ウイルス持続感染の最悪な結末である肝細胞癌が将来必ず増加するであろう、他の国々のお手本にもなります。

 「節目検診」によるC型肝炎ウイルス持続感染の検査が開始されてから、2003年の4月で一年が経過しました。ところが、検査を受ける人があまり多くないのです。全国平均で対象者の約30%ほどしか受診していませんし、県によっては僅かに15%位のところもあるそうです。「節目検診」の対象者には、保健所・村役場から必ず通知がありますので、それがきたら必ずC型肝炎ウイルス持続感染の検査を受けるよう、お勧めします。

 終りにつけ加えておきますがB型肝炎ウイルス持続感染の検査も、C型肝炎ウイルスと同時に行なわれています。